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2006年09月06日
2006年09月06日
二人のキキ
幕滝に行った帰りのことです。岩のずっと上の方から水がゆっくりと滴り落ちているところがありました。とても暑い日だったので、わたしは右手を水にそっと差し出しました。冷たい水がわたしの手にかかりました。
「まあ、冷たくてとても気持ちがいいわ」と小さな声でつぶやきながら左手も差し出しました。両手に水がたまっていきました。透明で綺麗な水だったのでちょっとだけ口に含んでみました。全身に冷気が伝わってくるような感じでした。
「お嬢さん、何をしているの」
わたしが振り向くと白い服を着た修験者が立っていました。
「ごめんなさい。わたしいけなかったかしら。あまりに暑いのでつい」
「いえ、この時刻はね」
修験者の声が聞こえたその瞬間、上からものすごい量の水が降ってきました。「きゃあ、いや」と叫ぶ間もなく、わたしはまたたく間にびしょびしょになってしまいました。そして水の勢いがあまりに強かったのでわたしは足を滑らしてしまいました。幸いにも右手が岩をかろうじてつかんでいました。
修験者が何か唱える声が聞こえました。体が軽くなり、ふわっと浮いた感じがして岩の小さな割れ目の中にわたしは入っていきました。水が洋服から滴り落ちわたしは泣いてしまいました。
「怖くないからもっと中にお入り」声のするほうを見るとあの修験者が立っていました。
「わたしどうすればいいの」
「黙ってわたしについておいで、この時刻は世界が交差する時なんだよ。お嬢さん」
「世界が交差するって何なの。わたし怖いわ」
「大丈夫ですよ」
震えるわたしに修験者がにっこりと笑いました。わたしは修験者の後をついていきました。最初は岩の間の小さな割れ目かと思っていたのですが、ずっと中に入っていくとわたしの背丈くらいの高さがありました。でも真っ暗で修験者の白い服がかすかに光っていました。
「洞窟、そうこれは洞窟なんだわ」
何時間歩いたでしょうか。先の方が少し明るくなってきました。
「もうすぐだよ」
「はい」わたしは小さな声で答えました。
ほどなくまばゆい光が差し込んできました。どうやら洞窟の出口みたいです。外を見ると輝く緑色の草原が広がっていました。
「まあ、きれい」わたしは思わずため息をつきました。修験者が草原の一角を指差しました。そこにはわたしと同じくらいの少女が立っていました。薄いピンクのワンピースを着たかわいい子でした。
「あなたは誰」とわたしは大きな声を出しました。その女の子はわたしの声に気づいたらしくこちらを見ました。目と目が合いました。「あなたは誰なの」その子もわたしに尋ねました。
さわやかな風が吹いてきました。気づくとわたしが今まで着ていた水色のブラウスと茶色のパンツがその女の子と同じ薄いピンクのワンピースに変わっていました。「まあ、どうしたのかしら」とわたしがささやくと、その女の子は霧の中に消えていきました。
しばらくして霧が晴れるとわたしの目の前にその女の子がいました。
「わたしキキっていうの。あなたの名前を教えて」わたしが話しかけるとその子はびっくりした顔をして答えました。「えっ、わたしもキキなの」
まるで双子みたいな感じです。わたしは恐る恐る手を出すと、その子も手を出しました。
太陽が出て二人の影が映りました。わたしの影とその子の影が少しずつ近寄ってきました。しばらくして二つの影が一つになりました。
その子がわたしに近づいてきました。体と体がふれあい、その子は透明になってわたしの体の中に入ってきました。突然睡魔が襲ってきて、わたし草原にそのまま寝てしまいました。
気がつくとわたしは最初の水が滴り落ちているところにいました。
「まあ、夢だったのかしら」
でも夢ではなかったみたいです。わたしが着ているのはブラウスとパンツではなく、薄いピンクのワンピースだったからです。
「キキちゃん」とわたしは自分に話しかけました。「なあに」という声が聞こえてきました。キキはもう一人のわたしだったようです。この子はたぶんわたしの生きてこなかった影の部分なのでしょう。これからは助け合ってなかよく生きていこうと思っています。
8月の最初の日曜日、幕滝では神事が行われます。これもちょうどその日の出来事でした。
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投稿者 kiki : 12:20
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